昔からある木で出来た小さな社に えびすのお札2枚を貼付けて、大根をたてかけて、甘酒をお奉りしてあった。
元々は農家であるので、そういう年中行事は延々と続いている。おばあちゃんと言っても、私の子供からみた呼び方であり、正式には義母にあたる。彼女もまた、代々引き継いできたものと思われる。
ちょっと前には、近くのお寺で『御命講』という講もあり、どこから集まって来るんだろう・・と思うほど人が参拝に訪れるから驚かされる。露店が並ぶほどだ。たった一日のことなのに、皆さんちゃんと覚えている。
どうしてなのかな?と思うのだけれど、最後には とてつもなく大きなものに請い願う、祈願することに たどり着くのではないのかな?と思う。
何をしても、そのとてつもなく大きなものには、歯が立たない。どうやったって、それには かなわないことを知っているのだと思う。
だから、毎年続いているのではないのかな?
一方、チベット体操も、なぜか続くから不思議で仕方がない。何をしても三日坊主だった私が、5年半もの長い間毎日続けている。
これまたどうしてなのかな?と思うのだけれど、こればかりはよく解らない。
ただ、一年365日毎日続けても、たどり着けないものがそこにあるのは間違いない。
これまた、とてつもなく大きなもの、深いものである気がしてしかたがない。
この大きなものに、何も用意せずに、自分の手と足だけで 近づこうとしている。
しかしこのチベット体操は、歯が立たないというより、立ちそうな気がするんだよね。なぜか?というと、手応えがある。
どんな手応えか?というと、『変化』という手応えが返ってくる、それも自分自身の体に直接返ってくる。
だから、延々と続けることになってしまうのではないのかな?
おばあちゃん、甘酒ありがとう、美味しかったよ。
でもね あの えびすのお札、裏表反対に貼付けてあったよ。
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「繰り返す事ができる人間が、目的を達成できる」
という言葉を目にしました。
すでに5年半も体操を続けているお兄さんに
とてもピッタリだなぁと思いました。
甘酒、とても温まりそうですね。
なんにも取り柄のない私ですが、懲りずに毎日チベット体操をする能力だけは残されていた気がします。
おばあちゃんの 甘酒 美味しかったです。
今度は、私たちが受け継ぐことになるんですね。今のうちにしっかりと教えてもらわないとね。