チベット体操 こんなに天然ではなかった

先週末、森町で一緒に活動をしている仲間と、年末のキャンドルナイト、作戦会議と忘年会をしました。

何度も集まるのが面倒だから一緒にやっちゃえ!というものでした。

会場というのが、道路からちょっと?外れた静かな場所で、暖房設備が何もない建物。周りは竹林に囲まれており、この時期日が当たるのはお昼過ぎ、春から秋には最適の場所でした(笑)。

ストーブを持参してきた人もおり、夜は鍋を囲んで、その部屋だけは暖かいという状況でした。

遅れて合流した私が、何気にテーブルに置いてあったお酒を飲んだものだから、部屋にいた何人かはここに泊まらなくてはいけなくなりました。

寝袋とか毛布とかは何枚も準備はしていったので、凍え死ぬようなことはありません。しかし、石油がなくなるかもしれないということで、寝る時には持参したストーブを切って寝ました。

で、日曜日の朝のこと。(前置きが長くてすみません)

余りに寒いので、部屋に寝た人たちは誰も寝袋から出てきません。寝袋に入ったままで話を始めました。

「兄さんは、私と初めて会った頃は、こんなに天然じゃなかったよね」と、T姉さん。

「じゃ、今は天然なの?」

「うんうん」と別の寝袋の中で相づちをつく人までいる。

そうかなぁ?と思いながら、確かに昔とは違っているなと思うことはある。

そんなに深く悩むこともなく、「心配事あるの?」と聞かれたら、「ある」といえば嘘になる。

ああだこうだと考えるよりも、先に動き出して、うまくいかなかったら今度はきっとうまくいく!と心の底から思えるから不思議だ。

そうして、良いことも悪いことも、今自分が経験をしなくてはいけないから、そういうことが自分に起きていると、確信している自分がいる。

ここまでくると、何でも楽しくなってくる訳で、まさしく天然なのかもしれないが、本人は真面目にやっている(ウケ狙いは昔からですが(笑)。

「じゃ、何でそうなったの?」と聞かれたら
「やっぱりチベット体操かな」と、答えるしかない。

だって、T姉さんと会ってから続いているものは、それしかないんですからね。

「チベット体操」というよりも、「チベット体操をする15分」と言う方が正解だね。

その時間の中で、知らない間に自分自身と色々な話をしているのかも知れません。

チベットの山奥の寺院で続けられていたというチベット体操。
理由は、この『続けることで得られる気持ちの持ちよう』
そんな気がしています。

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